死生学

    朝からの雨も上がり、いい天気である。キャンパスの時計台の背後にある甲山が美しい。このキャンパスの校舎の屋根の色、建物、シュロ、芝生広場の調和は素晴らしい。訪れる人達に安らぎを与えてくれる。カリフォルニア州サンタバーバラを思い出す。シュロの木はキリストを迎えるのにシュロの葉を振ったと聖書にあるからであろうか。
    死生学の講義3回目である。キュープラ.ロスの著書「死の瞬間」について学ぶ。末期がん患者へのインタビューから病気の受け入れから終末までを5段階に分析した。1.否認(denial)病気を認めたくない。Not me。私はそんな事は無い。2.怒り(anger)、何故私が。Why me?3.取引bargaining)、状況はわかったが何とか逃れたい。神様助けてください。4.抑うつ、depressionもはや病気から逃れられない。さし迫った死に対する苦悩。5.受容acceptance 静かに終末を待つ。この5段階に共通して流れるのは「希望」である。患者はどの段階でも希望を捨てていないことである。患者によってどの段階にあるかは一概に言えない。段階を踏まない患者もいる。夫々の患者に一番合うケア、心のケアが大事である。インタビューで、ある患者さんが「惨めに死にたくない」と言っていたのは印象的であった。
    聖路加病院の日野原重明先生は「患者の立場に立ったケアが必要である」と言われた。医者も看護士もこれを頭においてケアに当たらないといけない。
記憶も新しい昨年のJR福知山線の事故で亡くなった人達はこの5段階も無く死の瞬間を迎えている。何の準備もなく、何の受容もなく。残された遺族の方々も同じで慰めの言葉もない。残された人達の心のケアが大事である。亡くなった人の分も生きようと気持ちの切り替えまで、時間がかかる。